ダーツが下手で恥ずかしい?その感情を抱いている方はこちらです。
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どうも、darts meeee!!!!編集部のくるすです。
ダーツの情報を様々なメディアやツール等を駆使して拝見している僕でございますが、どうやら◯◯な事を感じている、思われている方々が一定数いらっしゃるみたいです!!!
それは、
ダーツが下手で恥ずかしい。
これを見た時に『ダーツが下手で恥ずかしいってなんだ。。。』っと思ってしまいました。
でも事実としてそう思われている方達がいる。。。
どんな状況下や場面でこの思いを抱いたか、全てのケースを網羅して想定することはできませんが、僕なりにこの内容について理解を深め、考察した内容をここに残しておきたいと思い、筆ならぬキーボードをカタカタと打ち込んでおります。
ダーツが下手=恥ずかしいと思う理由
これまでの人生経験では数多くの”恥ずかしい”を経験してきました。
些細な恥ずかしいから精神をえぐる恥ずかしいまで様々です。(基本寝れば忘れる。)
きっと皆さんもダーツに限らず、恥ずかしいなって思う経験は沢山あると思われます。
この恥ずかしいは一体何者なのか?
僕が考えるに、恥ずかしいと思う根本原因・本質って”誰か”がいるからだと思うんです。
”誰か”っというのは比較できる相手や、自分という存在を今現在認識している”誰か”のことです。
また、この誰かというのは家族・友人・他人も当てはまります。
実際に直近で恥ずかしいなって感じたこと思い浮かべてください。
周りに”誰か”がいませんでしたか?
いなくてホッとする場面もあるかもしれませんが、きっと”誰か”がいたはずです。
ダーツで想定すると、
あの人はあんなに上手いのに僕・私はこんなに下手・・・
〇〇君はダーツがボードに届くのに僕は・・・
ダーツが下手だからダーツバーに・・・
一人でダーツするのが・・・
ぱっと出てきたのがこんな感じですが、どうですか?
まだまだありそうですね。
ダーツを投げるといった行動は”誰か”のためにやっているの?
さて、ダーツを投げる、遊ぶ、対戦する等、いったい誰のためにやっている又は始めたのでしょうか。
答えは簡単ですよね。
誰かのためにダーツを投げているって人は、かなり少ないかと思います。
好きだから、楽しみたいから、強くなりたいから、、、
もうね、理由は人それぞれ色々あると思います。
つまり、誰かと比較したり、誰かの存在を意識して恥ずかしがる必要は全くもってないってことです。
※解釈を誤られないように記載しておきますが、迷惑をかけない配慮や気遣い、思いやりは大切です!
そんなの考えているだけ時間の無駄です!!!
ありのままの自分をさらけ出し受け入れる
ありのままの自分をさらけ出し、受け入れることは自身の成長にも繋がり前へ進むきっかけにもなります。
具体的に言えば、『できない自分を知り、向き合うこと』です。
ダーツが上手くない自身を知り、認め、そこからどう成長すればいいかってことだけに思考と行動の時間を作ればいいだけ。
これはダーツに限らず、ライフスタイル等でも同じことと思います。
人は振り返って止まっていても何も変わることがありません。
変化とは前にしかないんです。
まとめ
なんかダーツに直接的に関係のない記事になってしまった気もしますが、たまには許してください。(笑)
最後にここまで読んでくれた方にお伝えしますが、誰もが初めはダーツが下手だったってことを覚えておいてください!
天才ではないと思うのであれば、ダーツバーや漫喫に行って今すぐダーツを投げるだけですね。
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